
2025.07.28
世界に挑む日本ワイン──固有品種とテロワールが導く未来戦略
日本ワインの品質が高まり、近年では国際的なワインコンペティションでの入賞や、海外の星付きレストランでのオンリストも珍しくなくなった。だが、「世界で売れるワイン」へと進化していくには、単に味わいだけではなく、土地の個性やブランド構築の戦略が欠かせない。 今回は、シャトー・メルシャン、中央葡萄酒、マンズワインという日本を代表する造り手の事例をもとに、日本ワインが世界とどう向き合っているのか、その可能性と課題を探る。
メルシャン:MWとの対話から生まれるグローバル感覚
シャトー・メルシャンは、大橋健一MW(マスター・オブ・ワイン)をブランド・アンバサダーに迎え、日本ワインのグローバルスタンダード確立に注力してきた。安蔵光弘エグゼクティブ・ワインメーカーは、「日本全体がワイン産地として評価されなければ意味がない」と、個社の成功より産地の評価を重視する姿勢を貫く。
サム・ハロップMW、ジェイミー・グッドら世界の識者とのテイスティングを重ねる中で、香りの抽出や新樽の使用など、ボルドーやアルザスの基準を取り入れつつも、日本固有の品種や気候に合わせたスタイルを模索してきた。
安蔵氏は「海外のトレンドは5~10年後に日本に波及する。今を知ることが未来をつくる」と語る。
コンペティション入賞と“ブランド価値の証明”
国際コンクールでの入賞は、輸出戦略というよりも、日本国内の消費者に対して「このワインは世界基準だ」という証明としての意味合いが大きい。輸出は関税や輸送コスト、為替変動など不確定要素が多く、安易には踏み切れないが、国際的な評価は国内でのブランディングにも直結する。
一方で中央葡萄酒(グレイスワイン)は、すでに輸出比率が40%に達しており、次のフェーズとして現地でのマスタークラスやイベントに注力している。
マンズワイン:国際基準と独自技術の融合
マンズワインは1970年代から社員を世界各国に派遣し、醸造技術の獲得と現地文化への理解を深めてきた。小諸ワイナリーの西畑徹平醸造長はブルゴーニュやボルドーで研鑽を積み、帰国後は「マンズ・レインカット栽培法」という革新的技術を確立。雨を防ぎ、病害を抑制することで、ブドウの完熟度を高め、国際的にも高評価を得ている。
シャルドネの「ソラリス・ラ・クロワ2021」はジャンシス・ロビンソン氏も絶賛。完熟ブドウが生む凝縮感と、無駄のない醸造によるエレガントな味わいは、日本ワインの可能性を端的に物語っている。
小諸ワインのアイデンティティと未来
「小諸のワインとは何か?」。これは西畑氏が今も追い続ける問いだ。新しいワイナリーの登場やブドウ樹の樹齢の成熟により、地域としてのアイデンティティがようやく輪郭を見せ始めている。「銘醸地」として世界に通用するには、単一品種や醸造技術だけでなく、産地としての一貫性と哲学が求められる。
南ア・カーショウMWの示唆:品種選定とブランド構築
南アフリカ・エルギンで成功を収めたリチャード・カーショウMWは、「シャルドネとピノ・ノワールは兄弟姉妹」と語り、土地に合った品種を見極めてブランディングする重要性を説く。
彼は畑も醸造所も持たず、「ヴァーチャル・ワインメーカー」として土地を巡り、品種とテロワールの相性を見極めながら醸造するスタイルを確立。利益率の高い品種へと徐々に移行し、リンゴよりもブドウ栽培が利益を上げる仕組みを築いてきた。
▼日本ワインではなく南アフリカのカーショウのワイン!すばらしいシラーです🍷

リチャード・カーショウ・ワインズ / エルギン シラー クローナル・セレクション 2019
日本ワインの勝機は“固有品種とテロワール表現”にあり
国際品種の市場は競争が激しく、日本が独自性を出すには限界がある。メルシャンの安蔵氏は「甲州やマスカット・ベーリーAといった日本固有品種が、海外では強い関心を集めている」と指摘する。
余市のピノ・ノワールのように、“出汁感”や“旨味”といった日本ならではの味わいを明確に打ち出すことが、差別化のカギとなる。
▼優しい風味の甲州
▼これぞ美味いマスカット・ベーリーA

白百合醸造 / マスカット・ベーリーA 樽熟成 720ml 2021
▼マスカットベーリーAのチャーミングな風味がお好みじゃない方にこそ飲んでいただきたい
若年層と世界市場、ふたつのフロンティア
国内では若者のアルコール離れが進む一方で、海外では和食の普及が日本ワインにとって追い風となっている。和の食材と親和性の高い日本ワインは、ペアリングという文脈で強みを発揮できる。
生産者、流通業者、レストランが一丸となり、「日本ワインとは何か」という共通ビジョンを持ち、世界市場と若年層というふたつのフロンティアに挑むことが、今後の成長のカギとなる。
グローバル市場への扉は、産地の哲学から開かれる
「一社の成功ではなく、産地全体で勝つこと」。それは、世界の銘醸地に共通する真理だ。ワインは土地の文化であり、味わいを通じてその土地の物語を語る存在である。
日本ワインが本当の意味で“世界で戦えるワイン”になるためには、土地と品種、そして造り手の信念が一体となったアイデンティティの確立が不可欠だ。その歩みは、いま確実に始まっている。