
2025.08.04
ワインの「第五感」──“塩味(サリニティ)”という魔法
いま、ワインの世界では“塩味(salinity)”という言葉が注目を集めています。Jerez(ヘレス)やGalicia(ガリシア)、Muscadet(ミュスカデ)といった地域で語られてきたこの特徴は、近年、世界中のトップソムリエやワインジャーナリストの語彙に登場し、まるで「ワインの第五の次元」とも言える存在感を放ち始めています。
塩味”サリニティ”とは何か?
ワインにおける“塩味”とは、いわゆるナトリウムの味ではありません。むしろ、ミネラルを多く含んだ天然水を思わせる、舌先で感じる微かな刺激。料理にひとつまみの塩を加えた瞬間に生まれる、旨味の覚醒と奥行き。その感覚に近いのです。
『The Dirty Guide to Wine』の著者アリス・フェイリングは、この感覚を「ミネラルウォーターのような風味」と表現しています。確かに、上質なヴィシー・カタランのような炭酸水を思わせるミネラル感は、舌を刺激し、ワインを一段と立体的に感じさせてくれます。
科学が否定する“土壌からの香り”という神話
多くの造り手が語る「塩味は土壌から生まれる」という信念に対して、地質学者アレックス・マルトマン教授は「科学的にはありえない」と断言します。葡萄樹は土壌からの栄養素を果実にそのまま“風味”として移すことはできず、例えばマグネシウムが豊富な土壌でも、ブドウがマグネシウムの味になるわけではないのです。
これは“テロワール”という概念にとっては耳の痛い事実ですが、だからといってロマンが失われるわけではありません。多くの生産者は「塩味は感じるものであり、味ではない」と語ります。
生まれる“場”と“手入れ”による魔法
Jerezで注目されるビオディナミ農法の名手Muchada-Leclepartでは、石灰岩のアルバリサ土壌だけでなく、砂質土壌でもサリニティを感じるといいます。これは、土そのものよりも“海風”“朝露”といった環境因子が、微生物や葡萄の外皮に影響を及ぼし、香味の要素に働きかけている可能性を示唆します。
また、Languedocのジャン=クロード・マスや、ブルゴーニュのジャン=イヴ・ドゥヴェヴィといった名匠たちは、「生きた土壌」と「ビオディナミの土作りこそがワインに塩味のエネルギーをもたらす」と語ります。
セラーでの“塩味の保存”という技術
サリニティは畑で“生まれ”、セラーで“守られる”とも言われています。全房プレス、澱との長期接触、自然酵母による発酵、硫黄の最小限の使用。こうした手法は、ワインのナチュラルな個性、特にサリニティを含んだ微細なニュアンスを失わせないためのものです。
ジャン=イヴは、それを「チーズを熟成させるプロセス」に例えます。時間をかけ、ゆっくりと風味の“次元”が開花していくのです。
なぜ、我々は“塩味のあるワイン”に惹かれるのか?
この問いに対して、アレハンドロ・ムチャダは印象的な言葉を残しています。
「なぜ私たちは塩味に魅了されるのか?それは、舌に唾液を呼び覚まし、次の一口を誘う魔法のような感覚。私たちの記憶のどこかに、かつて“海だった”記憶が宿っているのではないかと思うのです」
塩味は、味覚でありながら、記憶や本能を揺さぶる感覚でもあります。次にワインを口に含むとき、どうか“第五感”の扉が開く瞬間に耳を傾けてみてください。きっと、新たな世界が見えてくるはずです。
参考文献
Gardner, A. (2025, July 10). In search of wine’s fifth dimension – ‘salinity’. Decanter. Retrieved from https://www.decanter.com/premium/in-search-of-wines-fifth-dimension-salinity-560359/ (Accessed: September 11, 2025)
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