2025.08.06
未来を創るボルドー──進化するワイン建築の美学と機能性
かつて「伝統の象徴」と見なされてきたボルドーのワイナリーが、いま、未来を見据えた大変革を遂げつつあります。100年単位で熟成を重ねるグラン・ヴァンのように、ゆっくりと、しかし確実に、ボルドーは自らの姿を変えています。 シャトー・ランシュ・バージュのガラス張りの醸造所、ベレール・モナンジュのモダンなコンクリート構造、そしてカントナック・ブラウンの“生きた土”を使った発酵室──それらはいずれも、機能美とテロワールの尊厳を融合させた、新時代の象徴です。
精密を極める、現代の醸造設備
近年の設備投資は、単なるリニューアルにとどまりません。シャトー・ブラネール・デュクリュでは、65基もの重力式サスペンドタンクが導入され、収穫から発酵までの動線を最短に抑える設計がなされています。空気圧を使った“エア・パルス”抽出技術も導入され、果皮の破砕を極力抑えながらも、芳香・色素・タンニンの抽出が実現されています。
小型タンクを多数設置することで、区画単位の醸造（マイクロヴィニフィケーション）が可能となり、テロワールの個性を繊細に表現できるようになりました。
▼Château Branaire-Ducruの外観
持続可能性とエレガンスの融合
ボルドーのシャトーは、サステナブル建築という新たな文脈においても先駆者的存在です。カントック・ブラウンのラマードアース（版築）と無垢材を用いた醸造所は、まるで大地が呼吸するような佇まい。シャトー・モンローズは屋上のソーラーパネルでエネルギーの自給を実現、スミス・オー・ラフィットでは炭素排出ゼロを視野に入れた構造が施されています。
また、雨水の回収システム、自然換気、重力による液体移動など、自然との調和を意識した設計が随所に見られます。
▼Château Cantenac Brownの醸造所
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建築は、もはや“見るもの”から“体験するもの”へと進化しています。シャトー・レ・カルム・オー・ブリオンでは、フィリップ・スタルクが設計した船型のセラーが、美術館のような役割も担っています。シャトー・トロプロン・モンドは、ワイナリーのミシュラン星付きレストラン「レ・ベル・ペルドリュ」との組み合わせで、美食とワインの融合体験を提供。
これらの空間は、ワインという芸術の背景を肌で感じさせ、訪れる者の心に深く残ります。
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近年完成した注目のシャトー群をいくつか紹介しましょう：
- シャトー・カントナック・ブラウン（マルゴー）：2024年竣工。版築と地元産木材を使用したエコ建築。2500樽の熟成庫を備える。
- シャトー・ブライネール・デュクリュ（サン・ジュリアン）：2024年竣工。重力式の精密タンクを備えた新セラーは、訪問者向け施設も併設。
- シャトー・ベレール・モナンジュ（サン・テミリオン）：ヘルツォーク＆ド・ムーロンによる三層構造の新セラー。UNESCO保護景観に調和するデザイン。
- シャトー・グラン・ピュイ・デュカス（ポイヤック）：2024年に観光施設を開設。見学ツアーを通じて、初めて一般公開された。
- シャトー・ラフィット・カスクセット（サン・テステフ）：逆円錐形タンクなど、世界初の技術を導入。窒素による酸化防止技術も革新的。
- シャトー・アンジェリュス（サン・テミリオン）：重力式の最新醸造所が2025年完成予定。セカンドワイン向けの醸造施設も含む。
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この波に乗らずとも、古き良き技術が持つ力も健在です。シャトー・グアデでは、1910年代の油圧式プレス機が今なお現役。ラフィット・ロートシルトの新プロジェクトに携わる建築家ベルナール・キロも、「永続性と調和」を重視したブルゴーニュ的アプローチを取り入れています。
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ラフィットのサスキア・ド・ロスチャイルドは、イタリアの小説『山猫』の名言を引用しながら、こう語ります：
「すべてを変えなければ、何も変わらない」
この言葉こそ、いまのボルドーの本質を言い表しているのかもしれません。歴史を背負いながらも、未来を見据えて変革を遂げる──ボルドーのこの美しき進化は、世界中のワイン愛好家の心に、確かな期待と感動を与えてくれるでしょう。
参考文献
Hindle, G. (2025, July 6). Bordeaux: Building the future. Decanter. Retrieved from https://www.decanter.com/premium/bordeaux-building-the-future-560320/ (Accessed: September 11, 2025)